平沼:
最終的な建築空間になる結果としての建築は、どんなものをつくりたいと目指していますか。
香川:
質問の答えになっているかどうか分かりませんが、最近すこし思っているのが、僕らはバブルが終わった後に建築家になった世代ですが、バブル時代は建物を作ること自体が目的になっていたと思います。それに対して、今の社会状況もありますが、僕らにとっては建築の空間をつくることが目的ではない。むしろ建築は方法であって、住宅をつくるときにもいろいろな条件はあって、それを組み立てるためかもしれないし、別の社会的なことをするためかもしれませんが、建築は何かの目的を達成するための方法として捉えるべきではないかと考えています。
平沼:
それはものづくり優先型ではない、と捉えてもいいものでしょうか。
香川:
ものづくりというか、空間至上主義ではないというか、僕は学生の頃から建築家の不自由さについて考え出して、何か提案をしても、これは今でもそうなのですが、建築家というのはどこか空間の快適さに甘えているところがあって、その空間は心地よい空間じゃなきゃだめだと思うのですが、それを満たした上で心地よい空間以上のものをつくれないかと思っています。
ここから2つプロジェクトの説明が始まるのですが、そこでは空間をつくること以外のことを考えて、社会問題と言ってしまうと大きくなってしまいますが、建築が今できていないこと、たとえば鬱になってしまう子供がいることに対して建築が何もできていなかったり、若者が街にゴミが捨てたり我が物顔で振舞っていることに、建築が何もできていないと感じています。僕はそのときに、建築にこのような問題をどうにかするためのボキャブラリーが足りないのだと思っていて、そうであれば快適な空間をつくること以外のことをするために建築が扱えるボキャブラリーを発見していかなければいけないのだと感じています。
平沼:
では、プロジェクトの紹介をお願いします。
香川:

はい。「地面と屋根の家」というタイトルです。つい最近竣工した建物ですが、大阪の茨木市に建っています。茨木市は、大阪と京都の間に位置していますが、敷地は幹線道路から一区画入ったところにあり、幹線道路は車が行き交って賑わっていますが、一区画入ると静かなところです。敷地の右側にはマンションが建っていますが、こちらが近隣商業地域なので、大きい建物も建っています。道路から20mは近隣商業地域にあたるので、この敷地も実は近隣商業地域に属している場所です。その中でこのような住宅をつくりました。この敷地境界で、近隣商業地域と住居地域が分かれているので、隣の建物よりも高く建てることができるのですが、この高さを利用して、環境や太陽の光を取り込んだ住宅をつくりたいと考えていました。お施主さんは初めはソーラーパネルを希望されていたのですが、ソーラーは蓄電ができないので、あまり住宅には向いていないということが分かったので、それ以外の方法で環境技術への提案になるような建物をつくりたいと考えていました。
1階の天井高は6mあって、2階が2.1mしかない建物です。T字路の突き当たりなのですが、周りがそれなりに開けているところで、住宅の前方には青空駐車場が広がっており、住宅が建つ環境としては、前に建物が建たないというのはすごく良い状況だったので、1階にリビングをつくることは当初から考えていました。ただし、住宅密集地なので1階にリビングをつくると太陽光を入れられなくなってしまいます。
南側にちょうど建物が建っているので、採光が難しいのではないかと思っていましたが、南側からどのように採光するのかと考えたときに、OMソーラーなどでは屋根で太陽光を集めて機械で床下に持っていって、床から出すというシステムなのですが、これが意味していることは、住宅密集地では必ず屋根面からなら光は採り入れられるということです。
この住宅は敷地の特殊な性格があったので、屋根越しに南側の大きい窓から採光すると、1階まで光を入れることができます。そのままだとどうも床面には当たらないので、太陽光を受け取るためにこういったコンクリートでつくった丘をつくりました。そうすると1階でも直接太陽光を受光することができると考えました。
コンクリートは熱容量が高いので、熱しにくく冷めにくい特性を持っています。一度暖まるとなかなか冷えないが、一度冷えるとなかなか暖かくならないんです。なので、布で覆っておくと太陽の熱をずっとためておいてくれます。冬と夏の温熱環境のダイアグラムです。冬場の太陽光の角度と軒の高さの関係から丘の高さが決まっているのですが、ここで太陽光が蓄電されて暖かい状態が続いていきます。こちらは丸いところから噴き出している空調があるのと、あとは暑い空気は上にどんどん流れていくので、上に天井扇を取り付けて空気の対流が起こるようにしています。
夏場は、南側に大きな窓があると、太陽光が入ってきて、コンクリートに熱を溜めると全然冷えなくなってしまうので、本当は外側にルーバーをつくって太陽光をカットすることもできるのですが、金額もかかるので、ローコストでできるアイデアとして内側に電動ブラインドをつくりました。電動ブラインドと窓の間に熱をためますが、その熱を、壁と屋根が入れ子状になっている2階を換気ルートから排熱される、巨大なベンチレーションシステムがそのまま建築になったような構成です。
この丘と呼んでいるものはコンクリートが盛り上がっているのですが、テレビを向いた方向が窪んでいて、ソファになります。窓側にはぼこっと出ているところがあって、そこに座ると縁側のように使えます。玄関から入ったときに、壁は立っていないけど、キッチンやダイニングにある机の上の物が散らかっている状態が見えないように視線を妨げています。
先ほど、布がかかっていると言いましたが、コンクリートは一度冷えるとなかなか暖まってくれないので、床暖房も入れているのですが、蓄冷リスクを避けるために布を被せています。この布自体にも断熱性能があるのですが、これも丘のコンクリートと一緒に設計していて、いくつかポケットがついているので、ここに物を入れておくことができます。
環境という大きな一つのスキームからできているんですけど、中には人の動きであったり物の動きであったり、いろいろなものから定義されて、かたちや使い方が決められていくようなものになっています。
1階は地面にすごく近いところにあって、リビングや丘があり、道路も生活の一部として使えるような設計にしていましたが、2階には寝室や納戸といったプライベートなごちゃごちゃしたプライバシーのある空間は、地面から物理的な距離をとっています。
一時期、3階建ての住宅というのが豊かさの象徴になっていましたが、2階建ての木造住宅という、あまりポジティブでない響きを変えたかったという思いはあります。これは法律的にも木造2階建てになっているのですが、1階と2階の距離が遠かったりすると、全然違う2階建てになるのではないかと考えました。
これが玄関から撮った写真で、このときはカメラマンが少し背伸びをして撮っているのでダイニングの机なども見えてしまいますが、普通の目線の高さだと、ちょうど丘に隠れて奥が見えなくなります。
これは秋頃に撮った太陽光の様子です。太陽高度が一番低い2月に、丘の上をぎりぎり掠れるという高さになっています。
1階では、リビングと玄関の関係もあって、水廻りのやり場に困ったのですが、床に蓄熱するために丘をつくるということと、その下に浴室と洗面所を配置することで、無駄なものが消えてしまったかのようにも見える設計をしました。
この丸い穴は窓にもなっているのですが、丘自体に穴があいていてそこに電球が入っているので、照明にもなっています。1階と2階のあいだには強化ガラスがついているのですが、そこから見るとこのように見えます。
それぞれの寝室は2畳ほどしかないのですが、ベッドが入って個人の荷物がおけるくらいの大きさです。それ以外の勉強などは、ホールと呼んでいる真ん中の部屋でやろうという計画になっています。
これは、2階が入れ子になっている換気層と呼ばれる部分です。これが夜景です。
1階が地面とつながっていて、2階から見ると周辺が屋根しか見えないので、「地面と屋根の家」というタイトルをつけています。新建築の4月号に掲載されるので、また詳しく見てみてください。


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