平沼 : では、次いきますか。

藤本 : この家は、僕、いまだにいちばん好きな家で。都市の中に家をつくるときの、ひとつの原型をつくれたんじゃないかなと自負してるんですよね。考え方としてはすごくシンプルで、この左下の家が普通の家ですよね。中と外が多かれ少なかれはっきり分かれている。まあしょうがないですけどね。建築をつくる以上、中と外を分けなきゃいけないんですけど、その分け方をなんとかごまかせないかなっていうのが、最初の思いつきなんです。北海道の家って、寒いので、中と外がすごいちゃんと分かれていて、対比がすごいんですよね。僕が東京に来てひとつおもしろいなと思ったのは、中にいても暑いし、外にいても夏場は暑いし、外を歩いていても、僕が住んでいるところは道幅2mくらいの路地がクネクネしているところで、塀が立っていたりすると、守られている感じが強くて、あまり外に出る感じがしなくて、ここの家の間隔がダラダラ続いていくっていう感覚がある種の豊かさなんじゃないかなと思ったんですよね。さっき言ったグラデーションみたいな、家と町と言うのを分けなくても、もうちょっと繋がっていてもいいんじゃないのっていうのが発想の発端で、グラデーションみたいな家っていうのをずっと考えていたんですよ。実はこれ、学生卒業してちょっとしたくらいのときのアイディアコンペで、グラデーションだけでできている住宅みたいなものを、そのときはフロストガラスみたいなものを使って、そこのミーティングルームみたいなかんじですよね、ちょっと半透明の壁で、あの中にもういっこガラスの部屋があったら、より奥まるじゃないですか。そういうグラデーションみたいなものを考えていたんですけど、なんかこう、実物になり得ない。そのあともたびたいそういう入れ子の構成を試していたんだけど、フロストガラスだとなんかうまくいかない。この住宅のときに始めてコンクリートの箱に穴を開けて、それを3つ重ねるという乱暴な方法をとると、意外とグラデーションみたいなものができそうだということに思い至りました。すごく考え方はシンプルで、箱は3つなんですよね。大きい箱、中くらいの箱、小さい箱。いちばん単純なポイントとしては、大きい箱の穴にガラスが全く入ってないので、箱の中なんだけど外になっている。さらにその中にいわゆる家のようなものが建っていて、でもその中にもうひとつ普通の家らしきものが建っている。家の中に家があって、さらにその中に家がある。そうなると、どこから出たら、家から出たことになるのかがあんまりわからなくておもしろいんじゃないかな、というのが最初の思い付きですね。そうやってグラデーションをつくっていく。建ち方としては結構強烈ですけどね、普通の街に白い箱が建っていて。でも、道路から見ると、空が抜けていたりするので、いわゆる箱っていう感じではないんですよね。この穴の大きさが部屋の大きさくらいすごく大きいので。ま、普通に冷静になると、この大きい箱の意味って何なのって、なくても住めるんじゃないの、って、お施主さんも最初の模型見せたときに、「もしかしてこの大きい箱がなくても、この家は住めるんですかねぇ・・・?」みたいな。「・・・住めますねぇ。」って(笑)。でもご夫婦だったんですけど、奥さんが模型を見て、「あんた何言ってるの、この囲まれた庭がいいんじゃないの。この箱がなくなったらただの家じゃないの!」って言って、しばしちょっとご夫婦で議論があって、当然おかあちゃんが勝って(笑)。ま、予算が合えばいいんじゃないですかってことになって。中から見るとね。

平沼 : 印象的ですよね。

藤本 : いや、これはね、我ながら感動しましたね。この家に出来上がって行ったときに。なんて自分で言ったら怒られちゃうかな。

平沼 : いやいや。

藤本 : あの、ほんとに、家がどこまで広がっているかよく分からないんですよ。これ穴の向こうに開口があって、さらに開口があって、さらに開口があって。いちばん上の天井っていうのは7.5mくらいあるんですけど、家の中にいると、それがどこにあるのかわからないんですよね。白いものは見えてるんだけど、10m先なのか、30m先なのか、雲くらいの高さなのかっていうのがよくわからないんですよ。そうすると、何て言うのかな、他ではない、ある空気の厚みに包まれているような、不思議な場所になっていて。さらにその上に雲がすーっと通ったりすると、あぁーすごいなぁーって(笑)。こんなおのろけみたいなこと言っていたらいけないですね。

芦澤 : やっぱり白がよかったんですか?

藤本 : 僕の中で白じゃなくてもいいなと思うものもあるんですけど、このときはやっぱり白じゃなきゃだめだったんですね。光が、たとえば大きい箱から2番目の箱に入ってくるじゃないですか。屋根で一回反射して、大きい箱の天井をかすかに照らすんですよね。そうすると、中なんだけど、反射光で照らされてるから妙なほわーんとした輝きを持っていて、それが3つ重なってくるので、もちろん天気によって変わるんですけど、不思議な空気感になるんですよね。場合によっては、外より中の方が明るく感じたりして。いちばん外側の壁だけは、白じゃなくてもいいのかもしれないですけどね、だけどまぁ、まあいいやと(笑)白になりましたね。

平沼 : 関西にいると、学生から新しい建築作品を知らされることが多くて、「先生、入れ子がね」って言っていた時期があって、「その雑誌見せて」って言って借りたら、藤本さんが出ていたんです。その入れ子の手法って今までたくさんあったんですよ。でも、この広がり方はすごいなと思って、さすがだなと。

藤本 : ありがとうございます。入れ子ってそうですよね、古いですよね、建築としてはね。僕はそれが結構好きで、やっぱり人類が積み上げてきた、人類の潜在記憶みたいなもののなかに、入れ子的な何かがあると思うんですよね。それを現代において、こういう風につくるっていうことは、ある種のひとつの発見だなと。入れ子、いいですよね。

平沼 : 年々発達していくんですか?

藤本 : これがまたちょっとちがうんですけど、これはケルンというドイツの街に、ついこのあいだできたパビリオンですね。彫刻公園の中に建っているんですが、何の目的も無い、彫刻公園の中の彫刻を飾るパビリオンで、ただの壁です。言ってみれば、高さが7mくらいの壁で、こういうところが彫刻がちょっとありますよね。こういう広大な公園の中に、彫刻が点在していて、そこにパビリオンつくってくれないという話だったんです。とはいえ、建築でもないし彫刻でもないし、どうしようっていって、結局壁をただまわして、領域をつくったというやつですね。こんな感じで、中の床も草なんです。中に木を植えさせてもらって、ここの奥に見えているのが、このパビリオンのために、ドイツの人がつくってくれた彫刻なんです。さっきのとちょっと似ていますよね。ただ中と外の関係がよりあいまいで、屋根もないので、中に入ってももちろん外なんですよね。ただ、中に入ると圧倒的に壁にぐるーんと囲まれてるので、妙に囲まれているけど、でもすごく大きな開口があるから、そこに近づいていくと、半分外にまた出てしまう。何と言うか、捉え所の無い、でもずっとぐるぐるしてしまう場所になっています。ケルンには、皆さんぜひ一度行ってみて欲しいんですけど、ケルン大聖堂というゴシックの巨大建築があって、聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館というピーター・ズントーのつくった、素晴らしい古い教会の改修があって、それでこれがあって。あと、ピーター・ズントーのつくった細い小さいチャペル。中が焼き杉みたいになっているのがケルンにあるんですね。だからもし機会があったらぜひケルンは行ってみて欲しいですね。

芦澤 : これ、平面形態ってどうなっているんですか?

藤本 : これ変な形してるんですよね(笑)。変な形にはしたいねって話してて、大まかにはスタッフが決めて、でもなんかなぁって言って。最後にね、間違ってインターンの海外の学生が、ちょっと極端にやりすぎちゃった模型だったんですよ。何枚か模型写真の中にそういうのがあって、これいいじゃんって言って、これでいこうよって言って、図面が送られてきたら、模型と図面が違うじゃんって言ったら、いやそれはインターンが間違えてつくったやつなんですよ、って言って、いや、そっちの方がいいからそれでやろうよって。

平沼 : そんなもんですよね。

芦澤 : そんな風に決まっていくっていう、建築がね(笑)。壁も高いなって一瞬思ったんですけど。

藤本 : そうそう、実はこの彫刻公園のキュレーターが僕を呼んでくれたんですけど、彼と一緒に、壁の高さどうしようね、って話していて、僕はまだそれを完全に理解していないんですけど、彼が言うには、建築になるには、6.5m以上絶対に必要だって。そんなもんですかねぇ?って聞いたんだけど、絶対だって言うから、そうしましょうかって(笑)。だけどできてみると、彼の言ってることはよくわかったような気がしましたね。オブジェじゃなくて建築になる瞬間って、いろいろなレベルであるじゃないですか。そのひとつだったかなっていう気がしましたね。

芦澤 : 屋根がない分、高さは重要かもしれないですよね。

藤本 : そうなんですよ。彫刻公園にあるから、一歩間違うと、変わった彫刻にしかならない可能性があって、それは絶対に嫌だとキュレーターの彼が言っていて、僕もそれは嫌だなと思って。でも壁だけで建築だって言えるのって何なんだろうって。できてみて思ったのは、何かね、謎めいてるんですよ。その時々で、自分がどこにいるのかで、それがどういう場所なのかって言うのが刻々と変化していくんですよ。その感覚って言うのはやっぱり建築ならではなのかなと思いましたね。

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