平沼:芦澤さん、西沢さんへ質問どうですか。

芦澤:西沢さんの言葉の中で、環境ですとか、自然というキーワードが出ていたのですが、西沢さんにとって、自然という概念をどのように捉えられていて、建築でそれをどのように扱われようとしているのか、その辺をお聞かせいただけますか。

西沢:それはすごく鋭い質問ですね。(笑)それはずっと考えて今も答えが無いです。でもやっぱりヨーロッパと中国に通うことで、我々にとっての自然をすごく感じるようになってきましたね。ヨーロッパと中国が明らかに自然と人間という、鮮やかな対立を示したので、我々がそうでない事をすごく感じてきて。ヨーロッパの人に言わせると主体性が無い感じで、一言で言えば流転って事になるのかも知れないですけど、ヨーロッパの建築とか中国の建築を見ていて僕がすごく感じるのは論理であって、形容詞とか名詞でつくっていくという物理的なものですね。それに対して我々はもう少し、動詞っていうのかな、動くとか、歌うとか、そういう形にならない物を形にする、そういうような方向にいるような気がします。ヨーロッパの論理的で名詞的な建設の仕方と違う、動詞的な世界っていうか、そういうものなのかなと思います。もう一つはやっぱり自然観という中に、我々とかが含まれているというものですね。

平沼:最後に、「なぜ建築をやめないのですか?」

西沢:いや…実はいつも、引退するっていうと、妹島さんが「どうやって食べてくのよ 」って言うんです。(笑)

会場:(爆笑)

平沼・芦澤:あはは。(笑)

平沼:今後どんなものをつくりたいと思われていますか。

西沢:色々なものをつくりたいと思っているのですけれど、基本的にはどんなものでもつくりたいのです。今の時代のダイナミズムを一番色濃く反映して、それをどうやってすごい形で空間にできるかに僕はすごく興味があって、これは自分の能力よりは、自分たちの努力とか力もあると思うのですが、運もあって、どういうものに出会うかです。新しい機能、もしくは新しい機能を人々が想像 するような建築、そういうものを模索しているのだろうなと思いますね。

平沼:なるほど。西沢さんにとって建築とは何ですか?

西沢:建築とは何か…難しい質問。(笑)創造的な建築というものが世の中にあるのです。創造的な 建築に出会うと、必ず「建築とは何か」と いう問いがでるのです 。 普段はみんな「住宅ってこういうものだろうな」と思って設計しているわけです。 でもある時、「住宅ってこんなもの」という枠組み に収まらない住宅 に出会ったときに、たとえば砂漠で、すべて土みたいな山みたいなすごい住宅に出会ったとき、人は 「これは住宅じゃないよ 」と思うけど、同時に住宅だとも理解し ていて 、住宅のルールって一体どうなっているんだと。今までの枠組みに入らない建築に出会ったとき人々は、建築とは何か?と自分に問うのです。 建築はそもそも、そのルールが明示されていない競技です。 「こうやると建築になる」という作り方 は 歴史上示されたことが 一度も ない、多分決まっていないのだと思うのです 。建築にルールは多分ないということで、もしくはルールはあるんだけど、それは創造的に刷新されていくもの、ということかもしれません。 ポンピドゥーセンター がパリの町並みに登場したときに人々は「建築とはなんなのだ」と思ったあの気持ち、ああいうファサードだけの町で、突然ああいう考え方だけみたいな、概念そのものみたいなのができて、みんな「こんなの建築じゃない」って思 いまた同時に「これも建築 なのか」と思 う。「建築って一体どういう領域なんだろう」っていう ことを考えるというのは、これは現代的な問題で、かつ歴史的な問題です。それは建築家 が常に向かってきた問題だし、建築に感動しているところの多くはそういうところにあるような気がします 。

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