千葉:コンペのプロセスでは、施主との対話がないですよね。僕たちは、教室同士が向かい合っているのは絶対いいと確信を持って出したんですけど、でも当然、先生方や事務の方から、教室同士が向かい合ってたら、学生の気が散るだろうとか、そういう話が出てくるんじゃないかとある程度想定していたわけです。ところがコンペに勝って、この案で打ち合わせを何度重ねても、そういう質問が1度も出てこないんですよね。

芦澤:へー。

千葉:だんだん不安になってきて、もしかしたら案を理解していないんじゃないかと。

芦澤:はははは。
平沼:ふふふ。

千葉:それでつい自分たちから、教室同士が意外と近い距離で向かい合ってますが、大丈夫でしょうか、って聞いたんですね。学生が気が散ることなど心配ないですか? そしたら、分かってますと。大丈夫です、気が散る学生はどんな空間だって気が散ります、みたいなことを言われて。それは、理解していると言えるのかどうかちょっと微妙な感じもあったんですけど。

平沼:はははは。

千葉:他の教室や先生の部屋も見えるんですね。友達がいるとか、先生が寝てるとか、そういうことも含めて見える関係になっている。でも意外とでき上がってみると、みなさん上手く使われています。あともう1つ、ここでは建物自体を教材にしようということも途中から考えるようになりました。工学院大学は、日本で初めて建築学部をつくったんですね。ならば建物自体を教材にしてもいいのではないかと思ったんです。それで、例えば構造とか材料とか適材適所に使い分けていくことを試みました。例えば、構造も素直に表現し、構造体はコンクリートのまま、構造壁でないところは木で仕上げ、サッシは鉄でつくる、という具合です。つまり、空間を雰囲気や感覚でどう仕上げるかと考えるのではなく、建物の成り立ちを素直に表現しようと。だから、コンクリートとサッシの境がなんで中心にないのか、なんて良く聞かれますが、構造の在り方を素直に空間にしたら、こうなった、というわけです。窓も外を見るための窓とか、換気のための窓とか、その機能にきちっと忠実にやろうと。或いは材料も、木とかアルミとか鉄を使い分けるということをかなり意識的にやったんですね。外壁にはこういう有孔折板、高速道路の遮音壁に使うような金属板ですけど、それに穴を開けて日除けのスクリーンにしています。このデザインは、最近一躍有名になった野老朝雄さんという、オリンピックのエンブレムを勝ち取ったアーティストと一緒にやっています。僕は、実は野老さんとは20年来の友達なんです。

平沼:あ、そうですか。へー。

千葉:それで野老さんと一緒にこの穴の開け方のデザインをやりました。野老さんは、この頃風貌が相当にあやしいですね。これはずいぶん前に僕たちが鎌倉でやったウイークエンド・ハウス・アレイという集合住宅です。野老さんは、駐車場のOUTというロゴもフォントも全部デザインしてくれたんですけど、突然ここで記念撮影しようと。このOUT、野老って読めるでしょって言うんですね。かなりくだらない駄洒落のようにも聞こえますよね。

平沼:おぉー、いやいや。

千葉:でも、野老さんはこういうことをかなり真面目に考えているんですよ。つまり、野老さんは、絵がどういうふうに読み取られるかとか、こういう単純な図形がいろんな形で繋がってくことをやり続けているんです。この工学院でも、ちょうどL型の4つの建物が東西南北4つの面に向いているので、それに応じた日射の在り方から穴の開け方をデザインしているのですが、同時に円の中心を結ぶと、正方形や正三角形、あるいは五角形でできている。すごく単純な幾何学ですけど、今まで誰も見たことのないような新鮮さがある。オリンピックのエンブレムも一緒ですよね。基本的には四角がどう繋がるか、ということだけでできている。僕はそういう考え方に凄く共感します。工学院の建物自体も、L型の建物は一個一個見れば単純な片廊下型の建物ですけれども、それがどういうふうに繋がったり関係づけられるかで、新しい場が生まれないかということを考えていたので、そういう意味でも日頃から考え方が共有できるところが多く、それでこういう仕事を一緒にやりました。

芦澤:基本的には大体お任せするんですか?

千葉:いやしないです。野老さんと散々議論をしました。有孔折板を使うこと、それに何か穴をあけたいことは決まっていたのですが、でもそれをどういうディティールにするか、どういうふうに穴をあけるといいのかということがなかなか決まらなかった。僕たち自身でもいろいろ検討したんですが、こんなのが綺麗だよねっていう感覚だけで恣意的に決めるのは嫌だなと思っていたときに、たまたま野老さんと話しをして、最近水玉にはまっていという話になった。水玉の世界にもまだいろんな可能性があるという話になって、じゃあ一緒にやろうってことになって、そこからすごくたくさんの打ち合わせをしました。

平沼:何でもない素材がすごい詳細があるように見えますよね。

千葉:そうですね。ほんとによく使われている遮音壁ですけども、ディティールをちょっとだけ変えているんです。そのディティールと穴の開き方だけで新しい表現を試みたんです。

平沼:はい。

>>続きへ


| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | NEXT