難波:初期の在来木造「箱の家」は8戸作りました。これがそのアクソメ・リストです。一番上の列が1500万円、次が2000万円、下が2500万円というラインアップ。今はこんなローコストではできないけど、当時は、床暖房も家具も設備もすべて含んで坪50万で作りました。
並行して鉄骨造の「箱の家」も試みています。条件が特殊で予算が許す場合は鉄骨造になります。これは「箱の家」の3番。1階が両親、2階が若夫婦の二世帯住宅です。2階は一室空間で、ラチスシェルの屋根です。鉄骨造の構造デザインはずっと佐々木睦朗さんに頼んでいます。95年頃にコンピューター解析ソフトが一般化し、それを使って解析した構造で。複雑な構造部品は工場で作り、現場で組み立てる構法を採用しました。普通は構造体を隠しますが、僕は佐々木さんに対するリスペクトで、すべて表現します。それも4層構造の思想です。
これは7番です。これも構造は佐々木さんの構造デザインですが、30坪程度の小さな敷地で、北側斜線をクリアするために屋根を丸くしたラーメン構造です。右側のテラスの足元に斜めの部材がありますが、これが耐震要素というトリッキーな構造です。南北の幅が5.4mで、長さがその2倍しかない中に、夫婦と子供6人が住む大家族です。当然、個室の子供室はできませんが、3階に子供の専用空間を作りました。広さが21畳。6人で割ると3畳半です。コストもないから照明とコンセントをたくさんつけて、子供たちで住みこなしてくださいと提案しました。これが数年後に見にいった写真です。両親も手伝って、子供たちは本棚、ベッド、洋服ダンスを使って自分のコーナーを作っている。竣工した時、長女は小学5年生でしたが、このときは高校3年生です。自分たちで自分たちのゾーンを作っていることに僕は感動し、建築家は作り過ぎない方がいいことを学びました。建築と家族の対話を引き出すような空間を提案することが重要で、建築家は、そのための仕掛けというか、暖かくて性能が良い場所を作ればいい。お金があれば希望通りの建築ができますが、かえってお金がない方が住み手のアイデアを引き出すような余白が生まれることを痛感しました。これが「箱の家」7番の4層構造で、鉄骨が全部露出しているため、熱的には不利な納まりです。
これは21番で、この「箱の家」では木造シリーズのプランと鉄骨造の構法を合体させました。H型鋼は150oシリーズで、柱は150o角、2階床梁は150×300o、屋根梁は150×194oの3種類だけです。鉄骨造では構造フレームのプロポーション・デザインがポイントですから、床と屋根のスラブはすべて梁のゾーンに収めています。プランは木造シリーズの拡大版一室空間住居です。ここで1つ大きな問題が生じました。室内の鉄骨フレームに結露したのです。それまでは吹抜が大きなスペースだから結露しなかったのですが、外に鉄骨が露出しているので構造体を通して熱が出入りしたのです。結露は室内が濡れて気持ち悪いだけではなく、膨大なエネルギー・ロスの結果です。水の蒸発熱は1g当たり590kcalであることは、あまり知られていません。内外を貫通する金属部分つまりヒートブリッジ(熱橋)は大きなエネルギー・ロスをもたらしているのです。この問題は近代建築だけでなく、最近まで問題視されませんでした。ミースのクラウンホールやパリのポンピドゥーセンターは名作だけどヒートブリッジの塊です。80年代には構造解析ソフトが発達し、構造体を露出したハイテク・スタイルが流行しましたが、90年代にパッタリ消えるのはヒートブリッジの問題が生じたからです。今はハイテックからエコテックに変っています。
結局、鉄骨造シリーズは8戸作りましたが、ヒートブリッジ問題のために21番で一旦休止し、復活するのは64番からです

平沼:なぜ箱なのでしょう?

難波:昨年に原広司さんがこのレクチャーに来られましたが、原さんが『建築に何が可能か』(1967)に書かれた有名なテーゼがあります。「建築とは何かと問うてはならない。建築に何が可能かと問わなければならない」。これに倣って「箱は何かと問うてはならない。箱に何が可能かを問わねばならない」と応えたいと思います。

平沼:ハハハ。ありがとうございます。

難波:実際のところ、理由はいろいろあります。箱では材料が少なくてすむとか、熱負荷が小さいとか。あるいは日本の大工のデザインは複雑すぎるので、それに抵抗するとか。 建築家は複雑なデザインを好むので、それに対する批評だとか。芦澤さんや師匠の石山修武さんははそうですね。ともかくエネルギーの条件を考えると箱になるわけです。

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