芦澤 : では次は、作品のお話になるんですが、教会の作品を。

西沢 : はい。駿府教会と言って、3年前くらいにできた木造の教会なんですが、このスケッチは、エスキスの初期から終わりまで、いつもこういうスケッチをするという例です。スケッチの内容は、壁の厚さと屋根スラブの厚さのスタディです。

芦澤 : はい。

西沢 : 僕が木造をおもしろいと思うようになったのは、あとでお見せしますが、10年近く前に九州で砥用町林業総合センターっていう体育館を設計したときなんです。

芦澤 : ええ。

西沢 : 木造のどこをおもしろいと思ったかというと、木造(在来木造)はものすごくパーツが多いということがありますね。

芦澤 : そうですね。

西沢 : 外壁をつくるときのパーツが多いし、屋根スラブをつくるときのパーツも多いです。壁やスラブの中身の話ですけども。

芦澤 : はい。

西沢 : たとえばコンクリート造の外壁の場合、打ち放しだったとしますと、3層くらいで出来ていますよね。コンクリートの躯体があって、断熱があって、ボードがあるっていう3層です。鉄骨造も4層か5層くらいです。どちらも層を少なくするように合理化されている。でも木造(在来木造)の場合は、9層くらいあります。

芦澤 : ええ。

西沢 : 木造(在来木造)の外壁の場合、屋外側からあげていくと、まず外装材があって、その内側には通風層(通気胴縁)があって、その内側には防水紙があって、その下には耐水合板があって、その下には断熱材があって、その下には構造用合板があって、そのまた内側には躯体の軸組があって(柱と梁)、その内側にまた通風層(通気胴縁)があって、それでやっと内装材がある。これを数えると9層になってるはずですけど、すごくパーツが細かくて多いわけです。その理由は、木造の材料強度や小ささ、あるいは軽さ(人力で建て方すること)といった条件があるわけですが、その結果としてコンクリート造や鉄骨造のような合理化を免れているわけなんですね。木造の場合は、むしろ冗長性が高いです。

芦澤 : はい。

西沢 : 完全に合理化されてないということは、完全には近代化されてないということです。だから、屋外から屋内の間に、9段階の不思議なフィルターがあるみたいな状態になっている。役割の違う、物性の弱いフィルターが9層あって、屋外と屋内の環境を調整している。風をよけたり、雨をよけたり、湿気を処理したり、音を処理したり、地震や台風に耐えたり、美観を処理したりというように、別々の働きをするレイヤーが9つある。ということは、そのひとつひとつをいじっていくと、屋内環境が少しずつ変化することになるわけですね。9層をいじることで、屋内環境を細かくあやつれるわけです。それって、すんごいおもしろいことじゃないかと。

芦澤 : はい。笑

西沢 : コンクリート造や鉄骨造の場合、各層をいじったとしても、躯体層や外壁層がドミナントすぎるので、屋内環境はたいして細かく変化してくれないですね。だけど木造の場合は9つの弱いフィルターが等価に並んでいるような状態だから、今までできなかった空間なり環境なりを、生み出す可能性があると思っています。それで過去10年くらい前、9つの層をいじっているんですが、それをやるうちに、だんだん壁と屋根スラブが厚くなってきたんですね。

芦澤 : ああ、そうですか。

西沢 : 普通、在来木造の外壁って、ちょっと厚めでも、200mmくらいですね。

芦澤 : そうですね。

西沢 : その砥用町林業総合センターをやってた頃は、同時期にやっていた住宅でも、だいたい壁厚が400mmくらいになってたんですね。その4年後の駿府教会の段階になると、760mmになってきたんですね。

芦澤 : それは、それだけ必要なのっていうのが気になりますけど。

西沢 : 最初から760mmでやれって言われたら途方に暮れますけれど、今まで200mmの時代があり、400mmの時代があり、あと100mmあればあれができるのになあ、っていうところを経由して、ついに760mmになってきたわけなんです。最初は音とか風の処理くらいしかできなかったんですが、だいだんそれ以上のことをあやつれるようになってきたんですね。例えば、この礼拝堂の壁と屋根の断面詳細図をよーく見ると、「光が大事な施設なんだな」とか「音が大事な施設なんだな」って、わかるようになっているでしょう。いわば施設用途(プログラム)が壁と屋根の組成に現れているわけです。それから、「周辺がうるさい場所なんだな」ということもわかるようになっている。つまりコンテクスト(周辺環境)も壁の組成に反映されている。そういうことは、10年前には予想もしていなかったことで、少しずつできるようになってきたんです。

芦澤 : なるほど。

西沢 : 常識的な設計手法では、プログラム(施設用途)というのはプランで処理されるし、コンテクスト(周辺環境)は外形やヴォリュームで処理されますよね。それにたいして、もしそれらが外壁や屋根スラブの組成で処理されるようになっていったとすると、建築はどうなっていくかなぁって考えているんです。たぶんプランや外形の重要度が変わると思うんです。おそらく見たことない空間なり環境なりが出てきそうな感じがしますね。そこが一番興味のあるところです。

芦澤 : なるほど。

西沢 : とくにこの教会をつくってからは、今まで建築が相手にしてきたほとんどの問題は、壁厚と屋根スラブ厚で処理できるのではないかと思うようになりました。例えばいま言った施設用途(プログラム)や周辺環境(コンテクスト)の問題、あるいは最初に言った気温や湿度の問題、また音や光の問題、あるいは構造や美観などの問題が、壁と屋根スラブの組成に集約できると思うようになりました。それで外壁と屋根スラブの組成というのは、大事だなぁと思うようになった。というわけで、今は設計のいちばん最初に、壁体とスラブ体をどうするかという詳細図のスタディをするようにしています。

芦澤 : あ、そこのスタディから始めるんですね。

西沢 : ええ。もちろんボリュームスタディと同時にやりますが、普通の壁厚の200mmであれば、ボリュームスタディのときにわざわざ壁の詳細なんてスタディしませんが、壁厚760mmくらいになると床面積に大きく影響してくるので、壁の詳細を同時に描かないと面積も決まらない、ということになってきました。

芦澤 : そうですよね。

西沢 : それで、さかんにこういうスケッチをやるんですね。

芦澤 : なるほどなるほど。

西沢 : 建物は四角いキューブと、三角屋根の2つの部分があります。四角いキューブの方には平屋の礼拝堂が入っていて、三角屋根の方の1階には会議室やキッチンやトイレなどの必要諸室が、2階には牧師さんの住宅が入っています。さっきスタディしてたのはこのキューブの礼拝堂の壁と屋根スラブです。ローコストな建物ですけれど、礼拝堂が教会の肝なので、礼拝堂の光の状態と、音の状態を、なんとか壁厚でコントロールしようっていうことをやってみたんですね。

芦澤 : なるほど。

西沢 : 敷地は線路沿いの角地なんですが、もともと土地探しからやりました。前は住宅街に古い教会があったんですけれど、どうしても移転せざるをえなくなって、どうせ移転するなら静岡市の中心部に移転したいというご要望で、この線路沿いの角地を見つけたんです。ただ、角地っていうことはいいんですけど、線路沿いなので、うるさいっていう問題があります。つまり音の問題がひとつあって、あとは教会ですから光の問題もあるので、まず光と音のことを考えようと。

芦澤 : はい。

西沢 : それで外壁は、割肌板っていう、カンナをかけてない板を使いました。樹種はレッドシダーで、無塗装です。割肌板っていうのは普通は出してくれない板材なんですが、無理を言って出してもらいました。なぜ割肌板にこだわったかというと、光に反応をする外観をやるためです、しかも木造で。

芦澤 : はい。

西沢 : 割肌板で外壁を覆うと、細かい凹凸ができることになりますね。すると、壁と平行に光が差す時刻になると、凹凸が細かい影をつくるので、壁面全体が光と影に入り乱れたような外観になります。普段はそうじゃないんですけど,特定の時刻になると光に反応します。

芦澤 : はい。

西沢 : 線路側は真北面なので、日没直前の20分間くらいそういう状態になります。もう一方の道路沿いは西側なので、そちらはちょうど正午、礼拝が終わった直後に、20分間くらい光と影が入り乱れたような状態になります。

芦澤 : これ、けっこうテクスチャーにけっこうこだわってらっしゃると思いますが、テクスチャーはコンピューターにかなわないって先ほど

西沢 : これはですね、テクスチャーが目的ではなくて、光と影が目的なんですよね。まぁテクスチャーとして見たとしても、コンピューターにはしばらくできないかなとは思いますけれど。

芦澤 : しばらく。笑

西沢 : ようするに、自然光に反応する外観をつくることが目的だったのです。自然光だけの特性として、明るさが刻々と変化するとか、時刻によって影の強さや長さが変化するとか、光の角度と方向も変化するとか、面白い特徴がありますよね。なので、もし礼拝を2時間終えて外に出てくると、礼拝前の外観とは違って、壁面いっぱいに光と影が入り乱れているということになれば、教会向きの外観になるだろうというわけです。まぁ、テクスチャーという意味では、時刻と光との合わせ技で勝負しているとも言えますね。

芦澤 : なるほど。笑

西沢 : しかも、この外装材は無塗装なので、10年くらいかけて炭化していって、最終的にブラックシルバーみたいな色になっていきます。レッドシダーっていうのは腐らないんですね、ヒノキチオールっていう成分が入っているので。炭化はしますが腐らないです。だから10年くらい経つと壁面全体が炭化して、ブラックシルバー色になります。その状態がようやく完成というイメージです。その時点ではモノトーンの壁面いっぱいに、光のエッチングが入ったような状態になると思います。そこまで行けば、もう建築物でしかできないレベルになると思うんです。

芦澤 : なるほど。

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