長谷川:萩の話に戻りますけど、家具屋さんに行くために菊竹さんの車に乗っていたら、菊竹さんが突然君はどんな建築がつくりたいかね?って聞くので、私は船の設計や造船所を子どもの頃から地元の静岡で見てきて、その細いフレームに鉄板を付けてつくる壁がものすごく綺麗なので、船みたいな壁の建築をつくりたいですと答えたんです。そしたら「やっぱり萩にはその方が合うなぁ、黒船だ」と言い出して、これは危ないぞと思っていたら、案の定次の日の朝、すごく小さい紙に描いた平面のスケッチを持ってきて「これ描いてみた。」「君、これを明日の朝までに100分の1に起こしなさい。立面断面も。」って。設計が既にできていたので、みんなに叱られますって言ったんですが、「やりなさい!」って命令されて、徹夜して萩の図面を描いたんですよ。そして朝、遠藤勝勧さんに、これ菊竹さんがやりたいそうですって見せて、菊竹さんの机の上に置いて帰ったんですよね。次の日恐る恐る事務所に来たら、みんな大騒ぎしていてこっぴどく怒られましたけど、結局菊竹さんはみんなを押し切って大変更しましたね。狂っているようなことをやっていたんです。

平沼:凄い話だなぁ。

長谷川:ファーストイメージとか描かされると、それが全部みんなのところに流れて建築になっちゃうんですよ。

平沼:菊竹さんはそれだけ期待していたんじゃないですか?

長谷川:そうかもしれません。

平沼:辞める時って、すぐに辞めるってなりましたか?

長谷川:京都国際会議場コンペが終わった時に、菊竹さんがなんでもお礼するお金でもいいし物でもいいしってと言うので、それならスカイハウスが見たいですって、案内してもらいました。大学4年生の始めの頃には住宅の設計家になりたいって思っていたので。なのに、菊竹事務所入ったら大建築ばっかり設計していて、それがずーっとひっかかっていました。雑誌で篠原一男の「白の家」を見たとき、やっぱり住宅設計がしたいってなって辞めました。5年くらいで体力も持たなくなっていたんですよね。世の中の流れや使う人たちの気持ちもわからないまま、机の上で描くイメージが建築になってしまうことに怖さも感じるようになっていましたし。
レクチュアにもどしましょう。(笑)

平沼:すみませんでした。(汗)

長谷川:「空間は機能を捨てる」は、菊竹さんの言葉なんですよね。菊竹さんの『代謝建築論』という本に書かれているけど、事務所でもこの言葉はよく聞きました。ちょうど私が大学を出て菊竹事務所に入社した頃は、まさに機能主義とどう向き合うかが大きな問題になっているような時代だったんです。有名なサリヴァンの「形態は機能に従う」があって、丹下さんが「美しきもののみ機能的である」と言って。そういう時代に菊竹さんは「機能主義」という言葉を使う事はなかった。機能は時間を経て変わっていくものであって、その時々の機能はその時々で導入すれば良いというように考えていたんですね。これは入社して1番頭の中に入った言葉でした。つまり、菊竹さんが言っている「かた」は日本の文化の型ですね。「かた」とは時間の継続の中でさまざまに変化する機能を受け入れながらずっと生きていく空間のありかたであるという考えです。ヨーロッパでいえば、タイポロジーに近い。菊竹さんの「かた」はもう少し形態そのものと一体化したような意味ですけれども。教会のタイポロジーのひとつにバシリカがありますね。例えばオランダなどで、リフォームしたアパートメントを見せてもらうと、中に十字架が立っていたりする。教会のような建築でもその時代時代に必要な用途に変えて使い続けていけばいいんだってヨーロッパの考えがありますけれども、菊竹さんはそういう事も知った上で、季節ごとに変えるしつらえとか夏冬の建具で変える日本の伝統と合わせて「空間は機能を捨てる」と言っていたのだと思います。私はその言葉が、菊竹さんから1番に得たものだと思っています。
 篠原研に入って自分で住宅の設計を始めました。2年間は学生みたいな身分でしたから自由な時間がかなりありました。菊竹さんは、スカイハウスは自分の故郷の家から発想したものだといって寸法からディティールまで教えてくれたんですね。それで、民家を見なくちゃいけないなってすぐ思ったんです。1年間、東北から沖縄まで1人で車を運転したりして、民家を見歩いていました。ずっと学校に行かないで。民家を見ていると、まさに菊竹さんが言うように、空間と時間が一体にあって、それぞれの地域の特色を導入してできている。私はスカイハウスがモダニズムから生まれたというよりも、民家から発生しているっていうことを実感して驚いたんです。それで「白の家」に惹かれたんです。篠原一男先生はずっと伝統論をやっていて、その先に抽象化したのが「白の家」だったんですね。やっぱり篠原先生の住宅にも日本の民家と繋がるものがあって、だから私は篠原先生を選んで住宅を学びに行こうと思った訳です。

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