平沼:ありがとうございます。坂さん今後どんな建築をつくりたいですか。

坂:規模や用途では、そういうのはないのです。だけど僕も60歳を超えたので、だんだんと、残りの建築家人生を戦略的に、計画的にやっていこうかと考えはじめています。なぜかというと、見ていただいて分かると思うんですが、僕はミース・ファン・デル・ローエがとても好きです。今も昔も影響を受けたと思っています。しかしミース・ファン・デル・ローエの終わり方を、僕は気に入っていないのです。お二人はご存知だと思いますが、ニューヨークのシーグラムビルのような構想がモントリオールにもあるし、そこらじゅうにある。彼は残念ながら最後にディベロッパーの仕事をやって、同じようなものを繰り返しつくり終わってしまったのです。それに対してルイス・カーン。実は彼も、ディベロッパーという大きな仕事をフィラデルフィア等でやったんですが全部ぽしゃってしまって、その代わりに来たのがインドやバングラデシュのほとんど儲からない仕事でした。それを必死にやってあれだけの素晴らしいものをつくりました。結局彼は、その帰りにJFK空港からフィラデルフィアに移るニューヨークのペンシルバニアステーションで死んでしまって身ぐるみ剥がされて一週間ほど身元不明のままだったのです。僕は最後、ルイス・カーンのように、空港で、駅じゃないですよ(笑)、空港でバタって終われれば幸せかなと思っているんです。だから今はミース的な終わり方ではなくて、ルイス・カーン的な終わり方をしたいなと思っています。

平沼、芦澤:あはは(笑)。

坂:とにかくディベロッパーの仕事は気をつけてやらないと、経済的には豊かになっても、建築家の人生を破滅させると思っています。

平沼:あらためてさすがだと思いました。空港のくだりは別にしても、建築家を生業とする者として、数や規模ではなく、何に取り組み何を残したのかは非常に重要な課題だと、坂さんのおかげで実感させられました。これが最後の質問です。毎回、建築を目指す方たちのために、「建築家とはどんな職業ですか」とお聞きしてるのですが、かっこよく一言で答えてくださる方もいます。

坂:実は昔から「建築家になって良かったな」とつくづく思っていたのですが、最近はそう思わなくなりはじめていました。例えば医者や弁護士というのは、いつも人が問題を抱えた時にそれを解決してあげなければいけない。しかし家を建てる時って人生最高の時だと思うんです。つまり、僕らは家1つ建てる時でもそういうハッピーな人と付き合えるんです。こんな良い仕事ないなと思ったんです。でもね、なぜ災害支援を始めたかと言うと、僕らは社会の役にほとんどたってないじゃないか、お金持ちや特権階級の人達の仕事をやってるだけじゃないかと思って、手遅れなんですが医者になればよかったなって思ったんです。だから最近僕は、ドクターXとかね、ああいう医療系のドラマ大好きなんですよ。

会場:(大笑)

坂:もう憧れてて、医者になりたいなあって今でも思ってて。だから僕は建築家になって良かったと最近は思ってなくて、医者になれば良かったなと思いはじめました。

平沼:いやいや(笑)。

坂:どんな職業か。建築家というのは宗教建築もそうだと思いますが、その特権階級が持ってるお金や財力や権力といった目に見えないものを社会に見せるために彼らのお金を使って立派な建築をつくり、視覚化する役割ですよ。それだけではないんですけれどね。しかし歴史的に建築家の役割というのはそういうものです。それによって素晴らしい街ができれば、それは市民のために良いことですけれど、しかしやっぱり財力や権力の象徴として建築があり、それをやっているのが建築家だと思います。

芦澤:しかし坂さんの建築家像というのとは少し違うのではないですか?

坂:いやいや、だから申し訳ないと思って災害支援を始めたんです(笑)。

平沼:(笑)あはは。本当にそれがきっかけだったのですか。

坂:うんうん、そしたらそれにはまっちゃったんです(笑)。

平沼:坂さんのプリツカー賞の授賞の評価は、作品評価もそうでしょうが、災害支援をしている建築家という新しいタイプですし、これからもっと社会のためにどう役に立っていかれるのかの期待も込められています。

坂:いまだに若い学生に大学で教えたり、世界の各地で講演会をしたり、そんな体験から時代の変化を感じることがあります。僕らの時代はやはり、スター建築家になりたいと、特に学生時代はみんな思っていたわけですね。ところが現代はボランティア団体に参加させてくださいとか、環境の問題など災害の問題に興味持ってる若い人、学生や建築家がとても多いことに気づかされます。

平沼:設計事務所のオープンデスク希望者より、社会的なボランタリーの取り組みへの希望者が多いですね。

坂:そう、これは世界的な流れだと思います。

平沼:では建築家になる前にまずボランタリーをやれということですか?

坂:いやいや、良い建築家にならなかったら良いボランティアは絶対できないですよ。だから学生に言うんですよ。社会的なボランティアやりたいんだったらまず良い建築家になりなさい。そうしないと役に立ちませんよって。ボランティアから始めて建築家になれるわけではないと思います。

芦澤:きちんとした建築のトレーニングをしろということですね。

坂:そうですね。

芦澤:しかし坂さんご自身は、最後はそういうボランタリーで終わっていこうということでもないですよね。

坂:いや、ボランティアだとか、設計の仕事との境目がなくなって、先ほど言ったルイス・カーンのバングラデシュのキャピタルは、かけた時間に対してほとんどお金をもらっていないと思います。それでも打ち込めることがあって、終われれば最高じゃないですか。

平沼:坂さん、お時間が一杯になりました。本日は貴重なお話をお聞かせいただきまして、ありがとうございました。

坂:いや、お二人と話せて楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました。

司会:それでは坂先生、芦澤先生、平沼先生、本日はありがとうございました。

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |