芦澤:今2つのプロジェクトでリノベーションと新築を見せて頂いていろいろお話を聞きながら考えたんですけど、リノベーションの弘前のプロジェクトは田根さんがやられていることがそこまで強く建築の形として表れていないところがすごく面白いなと思いました。例えば構造補強も鉄骨で補強してそれをデザインとして見せるというやり方をするリノベーションの仕方もあると思うんですけども、そうではなくてそういうものを隠していくという見せ方と、元々レンガ壁だったということにリスペクトされて床もレンガを張られているようになっていましたけれども、元々の建築の良さを増長していくというところ。一方で新しいものが十条ということで非常にこの形式が強くて、よりリノベーションのものと全く違う強度を持っている建築に見えたんですけれども、田根さんの中では繋がっているんでしょうか?

田根:そうですね。プロジェクト毎にその場所でこれしか出来ないという建築こそが一番強いのではないかと思っています。そういう意味では、一部だったんですけど、その場所の中からいろいろリサーチをすることによって、そういった記憶の中で建築として形を帯びたり創造されること、その方が1つのスタイルで解いていくよりも、個別でその場所でしか作れない建築とは何なのかが考えられるかもしれません。また、当時弘前でレンガで作った鳶の職人の方々の風景を見ていると、あのエネルギーをもう一度この建築に宿らせることが出来ないだろうかとか、十条においても工業地帯で忘れ去られた京都でありながら、どうやって京都らしさをより力強く出せるかみたいな、そういうプロジェクトで、人がどうやってこの場所に集まってくるかはやはり建築の力である、というところに向けようとする感じですかね。

芦澤:もう1つ、素材がすごく明快に使われていますよね。例えば最初のプロジェクトですとレンガで、京都のプロジェクトですと木を主にしていて。その辺は意図的なんですか?いろんな材料を使うというよりは、割とターゲットを決めてプロジェクト毎に主軸になるようなものを決めていかれるんでしょうか?

田根:そうですね。エストニアもそうでしたし、古墳など様々なプロジェクトでもそうなんですが、建築はやはり1つの空間で一体感があるだけではなくて、土地や大地と一体となり、包まれるという感覚こそ建築の空間体験として良いなと思うと、あまり材料で構成して分けない、床や壁や天井を分けない方が建築の良さが引き出されるなという感じがします。

芦澤:なるほど。

田根:これは等々力(とどろき)の住宅ですね。去年の5月くらいに出来ました。都内で初めての住宅だったことと住宅は2軒目だったのでそれも含めて何を考えようかと。世田谷区なんですが、渓谷がある。丘陵地帯で多摩川があって、その渓谷の中から湧き水が出てきたり、パワースポットと言われているようなすごく荒々しい森があったり、というところのすぐ脇です。それで行ってみたら湿気と湧き水があるからジメジメしていて、でもぱっと見ると谷間なので上空に風が吹いていたというのが最初の敷地に行った時に印象的でした。その中でやはりいろいろ考えて最終的に見えてきたのはもしかしたらその湿気の強いウェットな部分と乾燥している空気が流れているドライな部分の考え方になるのではないかと。こうした原始住居なんですが。地球という1つの環境の中で水分が空気の中に含まれていて、それが増えたところに湿気があり、なくなっていくと乾燥していくという1つの地球環境の中の要素であると。等々力の環境を拡大解釈するとこういうことではないかなと考えました。そうするとすごい建築が出来たなと。こういう建築がもしかしたら新しさとは違うもう1つのプリミティブで原始的ながらも、実は未来を創ることが出来るのではないかと最初からコンセプチュアルに考えていました。都会的な暮らしよりも渓谷の森の中の原始的な環境から生まれてくる建築というのを踏まえて模型をいろいろ作った。それで、実際設計をしようと思ったら意外と都会で設計するのは難しく、条例が4つ引っ掛かっていたり、大通りに面しているので北側車線があったり、いろいろ法規が複雑に絡まっていたことと近隣の住居との関係もあったりして、結構難しかったんです。

最初はいろいろ楽しく考えていたのですが、建築法規など真面目にならないといけない部分もあり、関係する周りのことを考えたりしているとだんだんこういう固い感じになってきて、これはまずいと思って50%の建蔽率の中に部屋を作っていったら四角い箱を分割して部屋を作るような形になってきて、最初の衝動がなくなってきた。開かれた中で森と共に暮らせないかということをどうにか取り戻そうともう一度模型を徹底的に作り始めました。それで最終的にこういう1つの形になった。実際下の部分は地面から持ち上げられていて、これはスパゲティーが下に刺さっているんですけれども、湿地帯に浮かんでいて、湿気から逃れながらも逆に風の強いところは閉じながら光と風を取り入れるような快適な空間を作ろうと。木造と一部鉄骨の補強によって空間を作っていくことによって出来上がったのがこの模型ですね。実際これが去年出来上がったのですが、東京の暮らしとは思えないような、でもこういう暮らしが東京で出来ると、東京で戸建で住む未来が可能性を感じられるようなことが出来たらなと思って取り組んでいました。

これは日中の風景ですが、中に入るとリビングから庭を見て、その向こうにあるお隣の家の木を自分の家の木のように取り込んだり、風が吹いたり激しい嵐が来るとベートーヴェンの音楽のようにウワーっと木が揺れて、自分でも森の中にいるという感覚を体験できました。同時に1mくらい地下に掘り込んであるので、掘り出した土をもう一度壁に戻し、土は湿気と非常に相性が良いので吸ってもらえるようにしたり、床の暖房を入れながら同時に冷水を流し、床冷房と床暖房を空調としていることによって大きな吹き抜け空間ですけど、夏は涼しく冬は暖かくなります。2階に行くと逆に小屋のように少しこぢんまりとした空間の中で、木に包まれたような寝室があったり、3階に行くと子供部屋がありますが、高台なので片側では都会のビル群が見えたり、木の上に鳥が止まっているのが見えたり、逆に一番右の窓は富士山が遠くに見えたりという多方向に開かれた風景が飛び込んでくる。屋上は屋上庭園にしました。これが周りの住宅街の中にぽつっと建っています。それですごく驚いたことにこれが出来上がってからお隣がいつの間にか改装していて、ペンキの塗装がここで使っていたペンキの色と同じ色になっていました。良い家が出来ると真似したくなるというすごい現象が起きましたね。

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